昨今、日本の仕事における議論として、日本独自の戦後から続いてきた終身雇用制度・年功序列の雇用形態が採用されてきました。しかしながらその制度が時代のスピードに合わなくなってきている状況があります。
本記事では日本と欧米の雇用制度を給与形態という観点で比較して、皆さんにどのような会社あるいは国で働くかを再考して頂くきっかけになれば嬉しいです。
日本と欧米の「働く」についての考え方の違いについて
まず前提として、日本と欧米では労働の概念に大きく違いが存在します。
日本人の労働観
農耕民族の農業という仕事は、やりだすとキリが無い仕事で、高温多湿の日本では草がよく生えます。日本の農業は勤勉性が求められることに影響しています。
また仕事に心を入れて過剰すぎるとも言えるサービス精神が求められています。また仕事は修行であり、楽してはいけないという信仰のようなものがあります。
欧米人の労働観
古代ギリシャからローマ時代まで労働は苦しみであるとされてきました。
カトリックの聖書の中で働くことは人間が生まれながらにして持っている罪を償うための罰であると位置付けました。
仕事は定時で終えて、残業も時間外労働もしない。働くことは夏のバカンスを楽しむためであって、労働はなるべく逃れようという意識があります。
またドイツやアメリカはプロテスタントの影響が大きく、真面目に働くことはいいことだという意識が強いです。
日本は人で給与が決まる
日本の場合は、給与は人の能力で決まります。
日本ではメンバーシップ型といって、人に仕事を付けるという考え方を元に人事制度や評価が決まってきました。
経験が豊かで幅広い能力を持っているから、等級が上がり、それに応じて給与が上がって行くという仕組みです。これを能力主義と呼びます。
欧米は仕事(職務)で給与が決まる
欧米はそれに対して、仕事で給与が決まります。例えば二人いて英語・ドイツ語の両方が喋れる人と英語しか話せない人と同じ業務を担当したら、時給も同じになります。給与は個人に対する評価ではなく、あくまで仕事で決まるというわけです。
仮に仕事で日本語・英語・ドイツ語を使う業務があれば、そのスキルを持っている人はレアですので、その仕事の給与は高くなります。
同じ仕事をした場合は同じ給与が支払われるので、それを職務主義と呼びます。
昇進の概念の違い
日本において昇進するということは、ポストや職務とかを指すのではなく、能力の等級がアップすることをさします。
よって同じ職務を続けていても、習熟に従って能力等級がアップし、給与が上がります。これの分かりやすい例が、日本企業には課長というポストは課に一つしかないのに「部下なし課長」という人たちが、課に何人もいたりします。これはポストにはついていないが、課長相応の能力を持っている人たちとなります。そのため給与もほぼ課長並みになります。
欧米の場合は、ポジションごとに給与が決まっています。能力投球などは無いため、同じ職務なら新人も5年目も基本は給与は同じです。
もちろん部下なし課長は存在しません。課長は課に一人だけです。それなりに昇給しようと思った場合、新たな職務=ポストに上がらなければなりません。欧米の昇進とは、職務ポジションのアップでありポストが必要になります。
職務主義とはこのように運営されています。
どちらが得なのか?
地道に能力を研鑽していけば、給料は自然と上がって行くと日本人は考えています。英語しかできない講師がドイツ語も出来るようになれば時給が上がる可能性があります。そのために日本の企業内では地道に能力を磨くことで十分な見返りがあるからです。
一方、アメリカの語学スクールであれば、Aさんという英語しか出来ない人はどうするかでいうと、英語のカリキュラムの中でも、時給の高い(難易度が高い)ビジネス英会話特級などのクラスがあるはずです。そうした難易度の高い仕事に就こうと考えるでしょう。もちろんそのためには講師としての腕も磨く必要があります。その意味では、能力アップが必要なのは日本と変わりません。
問題はその先にあり、ビジネス英会話特級には前任者がいて、ポストが埋まっていたら、この場合、Aさんはどんなに腕を磨いても、時給アップが望めなくなってしまいます。このようなケースにAさんはどうするでしょうか?
選択肢は明快です。他のスクールで時給の高いポストの求人が出ていたら、それに応募するのが合理的な行動になるでしょう。そこまでの上昇志向がなければ今のスクールで、そこそこの評価を得て、あとは能力アップを考えず、余暇時間の充実にリソースをふるかもしれません。
転職率の違い
上記の話を元に日米の転職率について比較してみましょう。
日本ではポストがなくても、能力が上がれば給与が上がる。だから社内で地道に能力アップに励む。欧米だとポストがない限り、給与は上がらない。だからポストが埋まっていれば、それを求めて外に出る。
こうした構造の違いがあるから、転職率にも差が生まれます。「日本では転職が少なく、新しい産業に人が移らない」という表層的な話をするのは簡単ですが、こうした原因があることを知ると、一筋縄では社会は変わらないと分かるはずです。
もし本当に転職する人を増やして、雇用の流動化を図るのであれば、この人で給与が決まる能力主義を破壊して職務主義に移行する必要があります。
それが簡単に出来るのであれば苦労はしません。
日本型の能力主義を捨てて、欧米型の職務主義を取り入れると「地道に能力研鑽する風土」が失われることになります。また能力を有する人は、ポストがなければ社外に出て行き、そこそこの評価(クビにならない程度)で楽をする人が会社に残るようになるでしょう。そうした集団になった時に、高難易度のポストが空いていても、社内に担当出来る人がストックされておらず、社外から人を採用するという無駄が生まれてしまいます。
日本型は無駄が多いと言われますが、欧米型も同様に無駄が結構あるということも認識するべき内容でしょう。
社内の雰囲気はどうなる?
日本型雇用はポストがなくても能力の研鑽で昇給も昇格も可能になります。つまり上位ポスト者を蹴落とす必要がありません。だから安心して上司は部下に指導が出来ます。つまり和気藹々と、上司が部下に教える好循環が生まれます。
対して欧米型は職務がないと昇格も出来ません。能力アップした人はポストを欲しがるようになります。とすると上司は部下を指導しずらくなるでしょう。そのため欧米型企業は部下教育を職務ミッションとして盛り込み、やらないと評価しないと義務を追わせない限り、スムーズに進まなくなります。
人事異動の有無について
日本には人事異動があるけど、欧米にはないのか?
仕事と給与を掘り下げてみましょう。
営業という仕事に就いた時、アメリカと日本だと給与にどう違いが出るのでしょうか。日本はお話しした通り、その人の能力に応じて給与が決まります。大卒の新入社員ならどの部署でも社内同一の初任給となります。
一方、欧米であれば、「営業職の給与」という形で、職務により給与が決まります。ここまでは問題ないとして、そこから企画職に異動した場合に給与はどうなるでしょうか?
現実的に欧米では人事異動はあまりないですが、仮に移動した場合に企画職のようなMBAホルダーが担う難易度の高い職務だから、当然給与が上がります。
一方、日本だと営業からマーケティング、企画に異動は普通にあることでしょう。この場合は、営業の能力がついてきて、査定をして、そのあとに移った企画職での能力を半年毎に査定をして、能力アップした分だけ給与が上がることになります。
そして今度は経理に移動した場合に、給与が企画のMBAホルダーよりももちろん低いですし、インセンティブ体系もないので営業職よりも低くなります。すると営業から企画ですと抜擢、昇格と喜びますが、経理にされたら嫌だという反応が出てくる可能性があります。
アメリカにもし異動があると、職務毎に給与が変わってしまい、異動自体が制度として崩壊してしまいます。逆に日本の場合は積み上げ型で営業+企画+経理ということで連続性が保たれるというわけです。
職務で給与が決まるということは、自由に異動が出来なくなります。日本型のメリットとして、給与の連続性を保てるので、他職務や他地域への移動が可能になります。これが日本企業で異動が活用されてきた理由です。
日本型であれば、職務が合わなかった場合に、社内で新たな職務に移動して、再チャレンジが可能になります。自分が営業に向いているのか、経理に向いているのか、仕事に就くまで分かりませんよね。
隠れたデメリット
日本型は入職の時に、学部をあまり気にしません。研究職や特定の開発職などは理系を求めますが、若年時代には社内での職歴さえそれほど気にしないところがあります。それよりも異動による再チャレンジで一番適性のあるところに配置されていく。この仕組みはかなり合理性が高いのです。
逆に欧米型は転職は容易ですが、違うポジションでの再チャレンジは可能ですが、「営業に合わないから経理に行きたい」という時に、これが出来ません。
社内異動はもちろん転職でも叶わないでしょう。
もし職務チェンジを考えるなら一流の大学院に入り直して専門的な勉強をするくらいしかないでしょう。
欧米では産・学が非常に近い関係にありますが、裏を返せば、職務チェンジを希望する時は、大学院に行くしかないという現実があるからなのです。
大学の専攻がそのまま職務に向いているかは未知数です。欧米型の給与の高さ、生産性の高さには目を見張りますが、キャリアのやり直しが効きにくい体系であることは認知すべきデメリット要因になります。
また後輩の面倒を見るという組織風土は欧米ではあり得ません。仕事が出来なければ指導されて、改善されないようであればクビにされます。
日本型は同一職務でも、熟練度合いによって基本給に差が付くため、給与が高い分、部下をフォローするという動きにもなります。
これは経営者にとっては捨てがたい魅力になります。ただ課題もあって査定を繰り返し、年長者の給与が上がり続けて日本のおじさん達の給与が上がり続けました。熟年層がサボっていても高い基本給がもらえてしまうことが若手のやる気を削いでしまいます。そのため成果給を薄く導入して、管理職以上の人は査定による昇級を止めました。1990年以降は欧米型に近づいた形になります。
まとめ
日本企業と欧米企業の給与体系の違いに見てきました。双方に魅力と欠点があります。上手くどちらも使いこなすといういいとこ取りを私はしてきました。皆さんもどちらの企業でも働くチャンスはありますので、キャリアプランを整理して前向きに仕事に取り組んで頂ければと思います。